エンタングルメントと量子テレポーテーション
最後に、どこか哲学的ないしSF的な話ではあるのですが、量子力学や量子 暗号に関連した面白いトピックスである量子テレポーテーションについて触れ ましょう。その前提となる現象が、エンタングルメント(量子もつれとも)と いうものです。
これはまず、量子力学の多解釈性(物理量は複数の値を確率的にとることが でき、観測されるまではそれらの重ね合わせとして世界を解釈すべきである、 ということ)が前提となります。その上で、例えば同じ原因によって発生した 2つの量子を考えると、両者の間にはエンタングルメントという絡み合いが発 生し、どちらかが観測されるまでは、お互いに同じような、あるいは正反対の 物理量として振舞うということです。片方が観測されて値が確定する(それに より不確定性原理関係にある他の量はご破算となる)と、もう片方もその瞬間 に確定する、という解釈です。その関係は粒子間の距離に依存しないので、量 子計算、量子テレポーテーション、量子暗号などへの応用が期待されています。
両者は離れているのだから、それでは情報が光速を超えて伝わることになり 矛盾じゃないか!という主張もありました。いや、主張もあったなどと書くの は失礼かもしれません。何しろそう主張したのは相対性理論を生み出したご本 人、アインシュタイン御大なのですから。しかしボーアらの反論により、これ も矛盾ではないという見方が一般的になっています。
このエンタングルメントという関係を使って量子的な情報を送るのが、量子 テレポーテーションです。量子Aと量子Bの間にある種のエンタングルメント があり、また量子Bと量子Cの間にも同種のエンタングルメントがあるとしま しょう。すると、そのエンタングルメントが正のものであっても負のものであ っても、AとCは同じ物理量を持つことになります。つまり、Bを仲介に、A を観測するとその情報はいわば瞬時に、空間的に離れたCに送られるわけです。
総合研究大学院大学と科学技術振興事業団は共同で、完全なエンタングルメ ントを抽出する光回路を提案する(2001年)とともに、雑音に埋もれてし まったエンタングルメントを復元する実験に成功しました(2003年)。ま たどこまできちんとしたものかはわかりませんが、1兆個程度のセシウム原子 の集合間にエンタングルメントを発生させたという話もあります。一方の集合 にレーザーを当ててスピンを変化させると、当てていないもう片方の集合のス ピンも同じだけ変化したというのです。
ある孤島で何匹ものサルがある行為をすると、別の孤島でもサルが同じよう なことを始める。そんな「100匹目のサル」の話を連想させますが、この話 自体でっちあげという説もあります。ただ、ある種の物理量の絡み合いという 理論自体は量子力学の基本であり、本当にそれが応用できれば、何やらスゴイ ことにつながりそうです。
2004年9月、東北大学電気通信研究所の枝松圭一教授らは、こういった エンタングルメント関係にある2つの光子を、半導体に紫外線レーザーを当て ることで生成させました。将来はレーザーは使わず、半導体に電流を流すだけ で生成できる可能性もあるということです。
2005年6月、東京大学の古澤明助教授は、エンタングルメント状態にあ る光子を2組(4個)作成し、そのうちの1個の状態を別の組の光子に再現さ せることに成功しました。
科学技術振興機構(JST)とNTTは2006年3月30日、超伝導量子 ビットと呼ばれる電気回路の電流状態と、単一光子との間で、量子もつれ状態 を制御することに成功したと発表しました。量子もつれを示す真空ラビ振動と 呼ばれる現象を観測したのです。超伝導量子ビットは超伝導体を用いて作製さ れた量子二準位系で、マイクロアンペア程度の電流を持ついわばマクロな現象 です。それだけ操作性にすぐれ、また原子に比べて光との相互作用が3桁以上 強い系であることが示されました。量子ビットの状態をコヒーレンスを保った ままLC回路の光子の状態へ移すことができるようになり、量子コンピュータ の実現が近づいたといえそうです。
2006年10月には、デンマークのコペンハーゲン大学などが、光と原子 の間で量子テレポーテーションを実現させたと、ネイチャー誌で発表がありま した。原子は情報の記録、光は情報の通信の、それぞれ基礎になりますから、 この2つの間で量子テレポーテーションが起きたというのは、まさにコンピュ ータ機能の基礎になるものなのです。
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